
関東ふるさと津幡会
前会長
新田義孝
関東ふるさと津幡会は、津幡町出身で首都圏在住者の親睦のためのふるさと会です。新田義実初代会長の声かけで、昭和60年5月19日に「東京津幡会」として銀座ニューアサヒにて発足しました。岡本開氏、池田勉氏と引き継がれ、平成16年から新田義孝(義実の甥)が令和8年まで引き継ぎました。
80歳を前に後継の会長、事務局長を必死で探していました。その80歳を迎えて半年後に、脳梗塞に襲われ、会則に定めた「人事は総会にて、出席者の過半数を以て承認される」という規定を守れるか不安を抱えていました。
私の不安が天に届いたのでしょうか、津幡町在住で三度も当会懇親会でハープを演奏して下さった上田智子様から事務局を引き受ける、その伝手で都内在住の中村匠汰医師から会長を、フルート奏者吉本沙耶香様から監査役を引き受けるとのお申し出がありました。次回の総会に健康で出席する自信が持てませんでしたので、これが実質会長交代だと決めて、あえてフライイングを犯して、会員の皆様には令和7年度は新田の健康状態が悪く開催は二年続けて中止し、新会長の中村様に引き継ぐし、この際、会員を継続する方には上田新務局長充ての返信ハガキにて再登録を乞うことと致しました。
早速、令和8年年明けて矢田町長に、中村新会長と上田新事務局長にご挨拶して頂きました。町長からは会の顧問に就任してくださるとのお申し出があり、会にとっては正に賀春でありました。
ふるさと会の意味、価値が時代と共に変わって来ています。故郷が遠くに在った時代には昔の言葉で津幡の想い出を語りあって共通の恩師や幼馴染を発見して、胸ときめいたものでした。今は、スマホで幼友達とLINEや動画で交信し、新幹線で日帰り出来ます。同郷のよしみで信頼できる友人・知人の輪と和を広げ、津幡に残って活躍している友達も交えて友好・ビジネスなどに津幡らしさを発展させる出会い・懇親の場となるのでしょうか。
幸い、新役員の皆さまは、ネットの活用に長けておられます。大いに
関東ふるさと津幡会を盛り上げてくださり、首都圏と津幡の架け橋を築いてくださると期待しています。
これを機会に、関東ふるさと津幡会の名前を知った方、今すぐ、事務局にご連絡ください。

津幡町長
矢田 富郎
このたび、関東ふるさと津幡会は役員が交代し、新たなスタートとなりました。 長きにわたり、本会の運営に携わっていただいた会長の新田義孝氏を始め、役員の皆様には、本会のためにご尽力いただきましたことに感謝申し上げます。また、新田氏におかれましては、本町の科学事業に参画していただくとともに、本町に多数のお力添えをいただき、重ねてお礼申し上げます。
本会の活動は、関東の地にあっても、ふるさと津幡を思い、世代を超えて交流を育み、郷土をつなぐ大切な力であると感じております。私自身も津幡町出身の皆様が一堂に会する総会に参加させてもらっておりますが、皆様との交流を通して改めて津幡町の良さを認識し、また、本町の発展への鋭気を感じているところであります。新たに役員に就任されました皆様には、柔軟で多面的な考え方や発想力で本会の更なる発展に寄与していただけることを期待しております。私も微力ではございますが、本会の発展に尽力できるよう努めてまいりたいと思う所存でございます。
さて、現在角界では、津幡町出身の横綱大の里関や欧勝海関が活躍し、相撲ブームを牽引しております。お二人の活躍により津幡町の名が全国に周知されてきており、大変嬉しく思っているところでございます。お二人に負けず劣らず本会も会員相互の親睦を一層深め、本会が更に大きく羽ばたいていくことを願っております。
結びに、関東ふるさと津幡会のますますのご発展と、会員の皆様のご健勝、ご多幸を心よりお祈り申し上げ、私の挨拶といたします。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
令和8年1月13日
